どっちもどっちって気が付いているじゃない

 在日コリアンや在日クルド人の排斥を主張する街宣活動が15日、川崎市川崎区のJR川崎駅前で強行された。地元の市民団体などが中止を求めていた。全国で初めてヘイトスピーチに刑事罰を設けた「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の制定から5年。外国にルーツを持つ人たちへの差別の根強さをあらためて印象づけた。(佐藤圭)

 問題の街宣は、川崎駅前などで在日コリアンらへの差別的言動を繰り返してきた渡辺賢一氏が代表を務める「日の丸街宣俱楽部」がX(旧ツイッター)上で告知。クルド人ヘイトが深刻化している埼玉県などで活動する元草加市議の河合悠祐氏ら参加者約30人が約1時間20分にわたり、次々とマイクを握った。

 現場では、ヘイトスピーチに反対する市民ら約200人が参加者と対峙(たいじ)した。市民らは「ヘイトスピーチは罰金50万円」「ヘイトは社会の敵」などと書かれたプラカードを手に、「レイシスト帰れ」「差別をやめろ」などとシュプレヒコール。参加者からは「クルド人の(入管による拘束を一時的に解かれる)仮放免は完全に犯罪」などの根拠のない発言が相次いだが、市民らの抗議の声にほとんどかき消された。

 東京都練馬区から抗議に駆け付けた女性(71)は「ヘイトをまき散らすのは許せない。差別主義者と、反対する市民が『どっちもどっち』と思われてはならない」と強調した。

 市人権・男女共同参画室の職員数人が現場で参加者の言動を監視した。「主催者らがネットにアップする動画や画像をチェックし、条例に抵触するかどうか判断する」(担当者)としている。

 市民団体「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」は10日、街宣の中止を求めるアピールを公表。13日には、川崎署に厳正な対処を申し入れていた。代表の山田貴夫さん(75)は「(参加者が)何を言うかは事前に分からず、中止させるのはハードルが高いと思っていたが、警察はヘイトスピーチがあれば現場で即刻中止させるなど、もう一歩踏み込んで対応してほしい」と注文を付けた。

 今回の街宣は、12日の条例制定丸5年直後のタイミングに計画された。ヘイトスピーチ問題に詳しいジャーナリストの安田浩一さん(60)は「極右・排外主義的な団体の決起集会的な位置づけの街宣」と指摘した上で、「彼らがぶちまける差別と偏見が社会の空気だとは思わないが、一部に影響を与えていることは事実。埼玉県川口市などでは、クルド人と住民が対立しているかのような虚像が増幅されている」と警鐘を鳴らした。

>「ヘイトをまき散らすのは許せない。差別主義者と、反対する市民が『どっちもどっち』と思われてはならない」
外から生暖かく観ている者にとってはどっちもどっちだよ。

この動画を見たんだけれど、カウンターに出てきたのはシバキ隊もいたようだし、なによりハンドマイクもってがなっている人たちが多くいたよね。

私は差別はすべきじゃないと思っているが、在日クルド人の排斥については考慮する必要があると思っている。

それは彼らは移民ではなく出稼ぎだとされる状況になっており、難民などに当てはまるような方々ではないということだ。

外国にルーツを持つ人たちへの差別とあるが、東京新聞は日本人への差別に対してどう考えている?

これに黙ったり、Xのアカウントや、同社記者のアカウントで好き勝手言っていないか?

日本人から外国人への差別も、外国人から日本人への差別も、当たり前に許されるものではない。

ただし、差別と区別は違うと、過去のブログでもなんども申し上げているのでくだらない議論はする必要がない。

あくまでも在日本の外国人は日本人ではないし、日本国籍を有することがない方々である。

その彼らに、日本人とすべて同じ権利を日本国内において有することはできないのは、日本国籍を持った日本人と在日外国人との区別でしかない。

できないものはできないのである。

葛飾区の新しい街づくりについて

現在、葛飾区ではいくつかの地域で新しい街づくりをしています。

新小岩から比較的近いところで言えば
・新小岩南口
・新小岩北口~東新小岩運動場(旧:私学事業団総合グラウンド)
・奥戸地区物流拠点(旧:森永乳業跡地)
・立石駅周辺再開発
があります。

新小岩南口はすでに東側のビルが建て壊され始めており、そこに新しく高層ビルができる予定です。

新小岩北口については後述します。

奥戸地区物流拠点は、葛飾区が口をはさむ余裕もなく、森永乳業の私有地ですから物流拠点を運営している会社に売却され、すでに森永の建物はなくなっており、物流拠点の工事が始まろうとしています。

小松橋からまっすぐ奥戸一丁目に伸びる道路は、ほぼ工事が終わろうとしていますが、拡幅工事だけであって、路線数が増えるわけではありませんが、トラックを通そうとしていることはわかります。

これが正しい方向かどうかというのはわかりませんが、災害時の拠点としても使うことを期待しているわけですので、最終的にどのように使われていくのかというのは気になるところです。

立石駅の再開発は、四つ木~青砥の京成押上線の連続高架事業であり、平和橋通りと立石駅近辺の踏切がなくなることで、南北の行き来が自由になり、より活性化と立石駅から遠かった区役所の利便を考えると、間違いなく必要なのですが、ここもまた共産党が「区民の財産を立派な建物に変えるのか!」と反対運動を展開していますが、いま区役所を建て替えておかないと、将来的に場所もお金もなくなってしまい、遠くて古い区役所を使い続けなければならないのは、区民にとっての苦痛でしかありません。

ちなみに新小岩駅南口の区の窓口は非常に便利なのですが、エレベーターが少なすぎるのが難点です(まあ投票の時くらいしか凄まじく混むことはないでしょうが)。

さて、気になるのは新小岩北口~東新小岩公園の街づくりとなります。

共産党が中心となって反対運動をしているようですが、葛飾区の未来を考えるなら南葛SCと組んで街づくりをするべきです。

そのためには南葛SCにJリーグに昇格してもらわなければならないわけですが、これには大きな理由があります。

「南葛SC」と「大空翼(翼くん/キャプテン翼)」は世界的に知名度があり、まだヨーロッパの子供たちにも知られている存在ですし、なにより世界的プレーヤーにも人気があるキャラクターです。

その翼くんのチームが実在するとなれば、世界から観光客を呼ぶことが可能となります。

葛飾区の観光資源は、現在こち亀であったり、男はつらいよであったりするわけですが、こち亀の観光はごく限られていますし、男はつらいよに至っては、知っている世代が減ってくるわけですから、今後の観光資源としての利用は縮小していくことになります。

しかし、南葛SCは世界的にもアピールすることができますし、駅から7分(東北広場からなら3分程度)の立地にサッカー専用スタジアムができるとなれば、Jリーグの試合が行われる週末には、周囲の活性化をはかることができます。

共産党を中心とした反対派は地域住民の~といいますが、そもそもこれらの場所が活性化することが地域や葛飾区にとっての財産となりますし、世界から観光客を呼び込むことを考えれば、それに合わせた街づくりをすべきであり、スタジアム周辺に作っていくべきものと考えます。

たとえばナイトクラブだったり(日本はこうした外国人が遊ぶことのできるところが少なすぎます、大人の社交場ですよ)をスタジアムの線路側に配してみたり、逆側には個人店の高級レストランを入れてみたり、選手も使う区民にある程度開放された温浴施設を配してみたりと、それこそ工夫していくことでどうにでもなるわけです。

スタジアムそのものが災害時の防災拠点になりますし、サブグラウンドもできるようになりますから(野球場はサブグラウンドにすべきです、奥戸地区に野球場はありますし)防災拠点としては十分です。

それらが整備される際に、北口側の雑多とした商店街は、新しい街になることができれば、葛飾区の未来に向けたアプローチができるでしょうし、若い世代にバトンタッチするに十分な資産となるものだと考えられるわけです。

目先の投資をするのではなく、自分たちの子や孫の世代になにを資源として渡すことができるのかというのが重要であって、個人資産を若い世代よりはるかに持っている世代だけを重くする施策などはすべきではありません。

東新小岩グラウンドの整備についての議事録は葛飾区のウェブサイトから見られるわけですが、たった16名の参加者ですし、反対派しか声を上げていないような会議ですから本当に意味があるのかは疑問です。

どうぞ、未来に目を向けた投資を葛飾区にさせるべく、それぞれが考えていただきたいと思います。

私はこれらを成功させることこそが将来への投資だと思っています。

ということで、南葛SCは来年こそJFLへの昇格をつかみ取ってください。

大学を減らした方がいい

この記事の中の人は、息子が東京大学に進学したことが自慢でならなかったらしい。

大学なんてのはどこを出たって、最終的に社会でどうやって活躍できるのか、できなければ相応の生活ができるのか、それとも落ちていくのかが最終的なものだと思っているので、大学卒業なんて肩書は大きく言えば関係がない。

しかしながら、より優秀な学校を卒業することでのチャンスの広がりは否定するものではないが、いわゆるFラン大学を卒業した場合「学歴フィルターがあ」なんてことになりかねないわけで、そこでいじけたら負けなんだけれど、中途半端な人ほどそれをがたがた言い出す。

私なんかは何度も書いていますが、なりたい職業に就くことができないことがわかった時に、スピンアウトしているわけだが、どうやって社会でまともに生きていくかと考えたところ、ひたすら結果と金を求めることになったのは間違いがないと思う。

さて、進学率57%なんて数字は、どうやったっておかしいと感じるわけで、優秀な学生が増えているならわかるが、人口が減っている今は競争が減り続けている中でのことであるため、優秀ではない人間が底上げされて大学卒の資格を得ているだけだと感じる。

まあだからといって、東京大学を出たからと言って優秀じゃない人はそれなりにいるわけですが、ひたすら優秀な人は優秀なわけで、そこにはそれなりの理由があるなあとは思う。

そうやって考えると、東京大学でそうなのだから、当たり前にFラン大学なんてものは優秀な人がどれだけいるのかと考えると、ちょいと恐ろしい割合になるんじゃないかと。

しかし、ごくわずかではあるがそうした大学であろうと、中卒であろうと優秀な人は根っから優秀なわけで、起業をして成功をするような人もいるが、それはそれは本当に一握りなわけで、新卒採用の際に企業としては残念ながら学歴フィルターを通すのが当然となる。

と、そこに意味はあるのかと感じるわけで、我々の時代のように大学進学率33%と1/3だった時代の方がまだ優秀な大卒がそれなりにいたと思う。

当然ながら名も知らぬ大学卒業生で会社の同期の中に、とっても優秀なんて思える人は皆無だった。

むしろ別の寮にいた高卒の理系の奴の方がはるかに賢かったし、目的を持って生きていたので、その後は起業をしてある程度の成功をしたと人から伝え聞いた。

つまりは最終的に人の力なわけであるが、当時から「名も知らぬ大学の意味」というのを疑問に思っていたのだが、平成に入ってからの名も知らぬ学校が増えたことによる大学生の劣化は当時よりもひどいと感じるわけで、前々から大学は減らした方がいいと言っている。

さらに言えば、教える側の劣化もひどいのは〇〇大学教授だのなんだのというのが、テレビのコメンテーターとして出てきても、底が浅い考えであったり、サヨク的な押し付けであったりと、学生の劣化が激しくなっているのも頷ける教育者の数が多くなることの弊害というのも感じる。

大学数を減らし、教える人たちも厳選することにより、研究することの質が上がるわけなのだから、減らした方がいいと思うのだがいかがだろうか。

元アイドル港区議・新藤加菜が決定的に間違えていること

年収2400万円って、物価も土地の価格も高い港区ではけして富豪の暮らしはできないです。こんなことしながら、子どもはたくさん産んで育てろって?世帯年収で区切るので、すでに資産があって収入の低い資産家は基礎控除廃止の適用外ですか。お金の使い所間違ってるよ本当に

2400万円あったら、葛飾区なら幸せに暮らせると思うよ。

貴殿の考え方そのものが、根本的に間違っているよということ。

札幌ならもっと楽に暮らせるし、そもそもの金の使い方が違うということを考えてから発言した方がいいって。

政治家のくせにセンスがなさすぎなのだと思う。

だいたいが、富豪の暮らしをしたいってんなら、区議なんかやっている場合じゃないでしょ。

普通の人であれば起業してIPOしてどでかい会社にて、その資金を流用してどうこうしてようやく富豪レベルになれるんじゃないかしら?

そういうことも考えずに、港区の人でさえあきれるようなことを言い出すってんだから、本当にセンスがないとしか言いようがない。

もっと言ってみると、この程度を選出してしまう港区民ってどうなのよ?と思ってしまうわけで、次の選挙でこのレベルが通ってしまうのであれば、結局港区の古くからまともに暮らしている人までもが疑われてしまうレベルになるでしょう。

結局、私の近くにいる人の中でも港区に住んでいるけれども、住宅ローンを聞いてまじか?と思うわけだが、教育費やらなんやらで本当に火の車になっているが、世間的に見ればとんでもない金額を稼いでいる。

だが、港区にしがみついているから家計が火の車なわけで、私のように「葛飾区で月12万円の家賃」なんてレベルにしてしまえば、プチ富豪っぽいことはできるでしょうにと思う次第で、その彼は奥さんがしがみついているようなので子供の教育環境を考えたら、もう少し場所を変えた方がいいよと提案してみてよと言ったが、それから6年彼はひーこら言ってまだそこに住んでいる。

まあこれらは価値観の差なんだろうけれど、自分の環境だけをみてそれこそ地方のことを考えてみれば、全く生活にかかる資金が違ったりするため当然ながら批判されるよね。

批判じゃなくても私みたいに呆れるか。

まあ、とにもかくにもこのレベルの政治家を選んじゃう民衆もいけないってことを知った方がいいのと、このレベルが政治家になろうってのが勘違いしていない?って思う昨今。

Z世代とおっさんの関係(『あ、安部礼司』を聴いて)

昨日の「あ、安部礼司」で、Z世代の若者+人見知りのことをやっていた。

こう見えて実は人見知りなんですが、まあそれは置いといて、Z世代になげくおっさんとの関係性を少し考えてみました。

例えば巷で良く聞くのは「飲みに誘っても来ない」というものです。

タイパ、コスパなどにこだわる世代のように目には写るのでしょうが、決してそれだけではないわけで、それは誘ったおっさんに「魅力がない」ということなのではないかと思います。

いくつかの仕事場で、若者たちと接していて思うのは、私は外部の人間ですからある意味しがらみがないのと、普段から口が堅いのがわかっているため、むしろ相談に乗ることなどがあります。

つまり彼らから見て私はそれらのどこかにひっかかるパフォーマンスを持っていてくれると思われているわけで、カフェやランチでの相談だけではなく、飲みに行って挙句はカラオケまで一緒にするなんてことをしていたりします。

私の魅力ということではないのかもしれず、話しやすいとかそういう部分が認められているのかもしれませんが、彼らは職場の上司や先輩とはこうしたものに行かず、私という還暦のおっさんとは飲みに行くわけですから、そこに理由があるのだと思うわけです。

はっきり言えば仕事場の上司や先輩と飲みに行く理由や魅力がないということなのでしょう。

ですからおっさん連中に考え直してほしいのは、自分とプライベートでも話をすることが有益であるということを見せるべきなのです。

それは決してこちらからおもねっていくのではなく、自然体でいる必要がありますが、無理をするのであればやめた方がいいでしょう。

彼らは無理をしているというのは見抜くでしょうから。

ということで、おっさん連中は自分の態度から見直すべきだということで、もう若者から時間が経ってきているのですから、若者にペースを合わせる必要があるのではないでしょうか?

頑なになっても、なにも得られるものはないと思います。