3月11日に思ふこと

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もう、なのかまだなのかはそれぞれの人によって受け止め方は異なるでしょう。

東日本大震災から10年という今日、やはりさまざまなことが頭の中をめぐります。

一昨年、東北旅行をした際、まだ復興中の場所を見たり、震災の被害が残っているところを見た時に、まだ復興は終わっていないのだと気持ちを新たにしました。

自分としてもできることを継続してと考えましたし、そこからもまだ続いている状態です。

東京で震度5でさえさまざまなことが起こったというのに、震度6~7および津波の被害とは私達には想像ができないものだと感じます。

私は体験していない人にはわからないことがある(震災だけではなく)と考えるため、軽々しく「たいへんだったね」とか「わかります」とかは言いません。

ですからどう寄り添い、できることをしていくのかというところで私は先に震災の後遺症から逃れられたのですから、次は人へのなにか助けとなることをすべきと考え行動しています。

携帯電話の画面の中に、津波から避難するようにアナウンサーが珍しく強い言葉でしゃべっていることと、津波の画像を見て自分は何を体験しているのだろうかと、脱力したこともはっきりと覚えています。

これを起点に、福島第一原子力発電所の事故も起こりました。

検証は残念ながらまだ続いているのは、未だに当時を省みることができない、当時の日本国のトップがいるからでしょう。

・・・と、今日は心穏やかにいこうと思っているので、このあたりでやめないとヒートアップしますね。

地震を風化させてはいけないという意見があるのはわかります。

災害があった地域は、その後も災害の危険があるため、その事実と対策を記録&記憶しておくことは必要です。

しかし、風化させるべき記憶もあると思っています。

なんでもかんでも記憶していれば、辛くなる方もいらっしゃることも私たちは知っておくべきです。

せめて鎮魂のために、今日一日は心穏やかにいようと思います。