「日々思ふこと」カテゴリーアーカイブ

マイナンバー(カード)について個人的に思ふこと

私はマイナンバーカードを使っています。

これによって
・確定申告
・取引先に契約時に支払先登録としてカード番号を伝える(業務委託のため)
ということを行っています。

確定申告を行うため、ICカードリーダーも持っていますが、そもそもこのリーダーの目的は、Suicaの履歴を読み取ることだったわけですが、マイナンバーカードがICカードであるため利用できたということになります。

さて、個人的にマイナンバーを利用しないのはなぜだろうと感じてしまいます。

そしてもう一つ、キャッシュレス決済を行わないのはなぜだろうかと感じるわけです。

実はマイナンバーカードに対して、銀行口座も紐づければ、簡単に「収支」が理解できるようになります。

つまりは脱税防止になるということ。

経費の支払いについてもクレジットカードやデビットカードを利用すれば、簡単に経理情報と支払情報を結び付けることができるため、調査をするにもその目的を確認するだけで良くなるため、税務署も楽になると考えます。

そして、キャッシュレス決済を行った場合には、銀行口座に対して入金が明確に表示され、またキャッシュレス業者からの振込だとわかるようになるため、収入についても証明が楽になるわけです。

むしろ私などは現金のみで決済をしているところは、何か考えているのでは?と特に小売店では感じてしまいます。

最近では入金が翌営業日、翌々営業日などのものもあるため、現金化が素早く行うことができるため、現金商売だからという理由は当てはまらない場合があると思っています。

そして私のように業務委託で仕事を行っている者は、契約先にマイナンバーを伝えておくことで、私側は収入が、契約先側は支払先の特定が明確になり、互いに明確な収支となることがわかります。

確定申告で青色申告をしているわけですが、収入がそのように明確になりますので、経費側が正しいかということになりますが、こちらは先にも書いてありますが、クレジットカードまたはキャッシュレス決済を90%程度使用していますので、もし税務調査が入ったとしても問題なく回答ができる状況になります。

そのため、確定申告や会計についてはマイナンバーは非常に役立つものであると感じています。

マイナンバーのさらなる使い方ですが、私もそうですがさまざまなカードを一元化できないかと思っています。

一番やって欲しいのは年金と健康保険で、マイナンバーを提示したりすることで、それぞれの情報がわかるようになると、カードとしての利用をできないかということです。

なんちゃらポイントカードも複数持っていると思いますが、何らかの方法でマイナンバーとの紐づきはなくとも、特定のカードとして利用できるような方法があれば便利な感じがしますので、そうした便利さを追求してはいただけないかとも思うわけです。

まして非接触型として利用できるのですから、さまざまな使い方が考えられるはずです。

セキュリティがという方がいらっしゃいますが、セキュリティなんてのは100%完全なんてのはあり得ません。

銀行だってセキュリティ問題を起こしてしまいますし、お金にかかることでさえそうなるわけです。

ですからどれだけ防ぐのか、守るのかという部分が大切となり、できるだけのセキュリティをと考えるのが重要です。

また漏洩で一番多いのは、実は内部の人の不正だというのがはっきりしていますので、内部不正をどれだけ防ぐのかというのが重要になります。

よく反対する方は陰謀論やセキュリティについておっしゃるわけですが、そんなことを言い続けたらいつまでも情報化が進まないと考えるため、どこで割り切るかということになると思うわけです。

私は脱税防止のためにもマイナンバーとクレジットカード等の決済(できれば紐づければもっと良いでしょう)をできれば、確認者が減りシステム化できるため、行政の省力化が行われると思っています。

「検察庁法改正案」というだけで本論を知らないで発言しているということ

Twitterで昨日なのか検察庁法改正案に反対とやらのタグが何百万となったと喜んでいる人、著名人や有名人の中にそのタグを使っているから、この人すごいとか騒いでいる人たちに、本論を知らずにただ述べているだけだと非常に残念な気持ちでいます。

そして、私のツイートに対して反対意見を述べるのは結構ですが、顔もキャラクターも何も知らない人に「あんた」呼ばわりするような人は、常識を疑いますのでおやめになったほうがよろしいかと存じます。

今回の法案の名称は「国家公務員法等の一部を改正する法律案」であって、検察のことだけではなく、定年を延長しましょうということを挙げています。

定年延長を65歳にしましょうという中の一環であり、その程度を読むことができない、もしくはそもそもイメージだけで述べている人に対して、かける言葉はたった一つ

きちんと知ってから発言してください

というものでしかありません。

著名人たちへの発言を「あなたがそう発言したことに共感します」とか言っている方々は、その著名人のイメージを毀損することに加担していることを知るべきでしょう。

誤った認識を広めた方、誤った認識のままただタグをツイートした方に対して「頑張ってください」って、誤りを指摘してあげるのが応援する人じゃないのか?と思うわけで、誤りを誤りのままとして応援などというのは名誉を棄損する行為をしているだけだということです。

だからこそ今回の一件について思ったのは、よい作品を作った方の中に、これだけ真を知らずにイメージだけで発信する、もしくは誤ったイメージを発信するということに対して残念だという気持ちでしかないのです。

脳みそまで筋肉の人の中には「俺は俺だ」とか言っている人がいるようですが、知らなきゃきちんと知ってから言ってくださいとしか思わず、ご自分の考える力の無さを確認して、早急に学んで発言されることを望むわけですが、残念ながら現段階ではそういうことはならないだろうなと、まあ残念なわけです。

私程度のツイートに対して突っ込んでくるのは結構ですが、その私程度の法案の見方ができない程度で、かつ相手に対して丁寧な応対ができない方に対して、論など戦わせることなどできようはずもないと考えています。

さらに言えば、侮蔑の言葉に対しては嫌味か無視しかありませんので、悪しからず。

私の仲間の多くは、私が自民党支持者ではないことを知っている方が多くいます。

私は「まともな野党を出すための努力」をしてきましたが、残念ながらまともな野党はいまのところできあがっていません。

現野党の議員に対しては、なぜ支持率が上がらないかを考えていただければと思うわけですが、立憲民主党の議員の方々の発言を聞くたび「本筋を論じていない」としか思いませんし、ただただ議事進行を邪魔しているに過ぎないとしか見えません。

まして三年以上も「加計・森友『疑惑』」をやって、一つもその疑惑に対して決定的な悪の証拠を出すことができず、ただただ疑惑のまま三年以上の時間を費やすことに呆れ果てる次第ですし、今回この法案に対して「国家公務員」ではなく「検察」に対して論じるとしたなら、さらに愚かだとしか感じられません。

こんなんじゃまともな野党などできようはずもない。

私が旧民主党、民進党の中の人たちの大部分を毛嫌いするのは、当時の政策論の無意味さ、イメージ、政策実行力のなさを一つも省みず「政権交代」などというくだらない論を展開するから支持などできようはずもないのです。

自民党が嫌いだから、安倍総理が(私の中で)イメージ悪いから、独裁(どこがどのように?)だからとか、くだらない発言をする前に、自分は政治にどうやって向き合ったのか、どうやって本筋を議論するのかを考えてから、一般人だろうと著名人・有名人であろうと、政治をもっと論じるべきであろうと考えています。

今、無意味な議論に参加しようとするのは、ただただ愚かだと、そういうことを私は述べているだけです。

なにが「株上げただバーカ」としか思わないのですよ。

自分とは考え方が違う人への対処について思ふこと

なんで自分とは考え方が違う人の意見を聞こうとせずに、単に反対だけを述べたり、挙句聞き入れなかったり、相手が馬鹿げていると感じて答えないことに対して罵倒する人というのは、決めつけたくはないのですが同じような対処をする傾向があると思っています。

まるで自分の方が賢いとマウントしたり、自分が正しいということを押し付ける、法律では~と言いながら感情論だったり、いざ改憲議論になったらそれは違うと言ってみたり、おもしろいことに同じような行動をとります。

そして、それらの方の傾向の多くが「ノイジーマイノリティ―」でしかないように思われ、それを意識していないということがよくあるパターンなわけです。

先日もなんちゃら反対派がTwitterにて現れたわけですが、最後は罵倒ですよ(爆)

「黙れ小僧」って、私が言うならいいとして、もうすぐ56歳のおっさんに小僧って笑うしかありませんって。

結局、自分の言うことを認めないと、そうした言葉を投げかけるわけです。

別の方は「法に」・・・って、社会的な活動や個人の活動において、権限を越えた場合には当たり前に罰を受ける覚悟でやっていますよ。

人を守るためなら、自分がどうなるかなんて考えていられない場面ってのもでてくる。

そこを割り切ってやっているなら、私はその人の考え方次第ではリスペクトする。

覚悟をもって臨んでいるから。

それなのに覚悟もなく、外野からわいわい騒ぐだけの方は全く生産性がない。

先日もそうだが、全く時間の無駄と思ってしまう。

議論できるかと期待したのであるが、残念ながら聞く気がない人とは議論などできないと改めて思った。

新型コロナウイルスに感染したか?と思ったら

私の娘が新型コロナウイルスへの感染疑いが発覚してから14日間、自宅で自己隔離していたわけですが、仕事場と相談をして「確実にウイルスが抜けていなくては困る」という他のスタッフの方の言い分(私ももっともだと思います)があり、GW明けまでさらに隔離状態で休むことが決定しました。

当初は仕事場の地元の病院にかかり、墨東病院への紹介状をいただいていたため、なにかあれば墨東病院にかかることになっていたのですが、墨東病院で感染者がでてしまったために新規外来を受け付けなくなったため、PCR検査をしてもらい陰性の確認をすることは断念せざるを得なくなりました。

なお、住んでいる区の保健所に相談をしたのですが、いまの症状ではPCR検査をする基準に至っていない(味覚と嗅覚の異常と、現在は味覚が戻りつつある)とのことで、「区内の」医院で診断をしてもらい必要であれば保健所でPCR検査を行う流れになるとのことだそうです。

つまり、新型コロナウイルスに感染したのではないか?と思ったら、仕事場近くの病院ではなく、自分の住民票がある自治体の病院で診断をして準備をすることが必要だということです。

さすがに娘もほぼ一か月隔離生活となるため、暇で辛いと嘆いており、GW明けまではひたすら暇と闘わなければならないようです。

まあ味覚と嗅覚もまだ戻っていないわけですから、当面はおとなしくするしかないでしょう。

それにしても大事にならなくてよかったと思うのは正直なところで、亡くなる方は基礎疾患であったり、免疫力が低下しているのか・・・とあらためて健康へのアプローチが必要なのだと感じます。

いま在宅ではない必要な仕事をされている方々への感謝

私は在宅で可能な仕事であるため、外に出ることがなく感染リスクが低い状態で作業させていただいています。

これでも経済を回すため必要であるからこそ仕事をしているわけですが、安全な場所で仕事をさせていただいています。

しかしながら在宅でできない、前線で働いていただいている方々には感謝をしています。

医療関係者、運送にかかわる方々、食品にかかわる方々、止められない工場で働いていらっしゃる方々、在宅できない仕事はものすごく多く、またそれらを止めないために働いていらっしゃる方が感染リスクと闘いながら動いていらっしゃる。

ここに感謝をしないでどうするというのだろうか。

一部で医療関係者や運送の方々への差別などと聞こえることもあるが、ふざけるなと言いたい。

今の生活ができているのは、そうした方々がいらっしゃるからこそ可能だということ。

運送が止まってしまったら、そう遠くない時期には食料を得ることさえ困難になる地域だってあるし、都市部でも量販店や商店に品物が並ばなくなってしまうことさえある。

そうした方々へなぜ差別などと言うことができるというのだろうか。

ただでさえ競争にさらされ、運賃を安くした時期があるため苦労をしている会社だというのに、今この危険な中に輸送を担っていただいている方々へ感謝しないで差別などあり得ないことだ。

医療関係者もそう。

どの科目にしても対人で行わなければならないことが多く、感染リスクが高いのは言うまでもない。

私の妻は歯科衛生士であるのだが、当然ながら感染リスクを抱えて仕事をしている。

たまに家で愚痴をこぼすこともあるが、それでも仕事へと向かうのは彼女の使命感からだ。

内科など恐怖さえ覚える職場だと思っている。

それでも人の命のため、人の健康のため医療に従事している方に感謝するのは当然のことだと思う。

「仕事だから当たり前」というくだらない考えは捨てるべき。

なにをおいても「命あってこそ」なのだから。

今一度・・・支えてくださっているすべての方に感謝します。